今回は「分かってもらえない苦しみ」についてです。ここは彼らの不登校や家庭内暴力や引きこもりに対処していく上で、とても大切なことです。
おそらく思春期以降、彼らの心の中の苦しみで一番大きいのがこれだと思います。骨折や身体の病気であれば、人は分からないまでも推察し、分かろうともしてくれます。
しかし彼らの心の中の苦しみは外からはまったく見えません。仮に彼らがそのような苦しみを友人なりに表明できたとしても、それを聞いた友人の反応は「?」で終わって、「変わった子」というレッテルを貼られておしまいです。
もし、皆さんが子供の不登校のことで本当に苦しんでいたとしたら、同じように誰かに分かってほしい、何でもいいから分かってもらえる人に話を聞いて欲しいと思いませんか。
でも、なかなか分かってもらうことは難しいですよね。他の人は、自分のことに手一杯で、皆さんの苦しみのように、目に見えないことには、人はなかなか理解してくれません。それどころか、配偶者の理解さえ得られないかもしれませんね。
もしそうなら、彼らも同じ思いでいると思うと、何となく彼らの気持ちもお分かりになるかもしれません。分かってもらいたい、でも分かってもらえないというのはとても苦しいものです。
そして彼らは、親である皆さんに対して、特に分かってもらいたいと切に願っています。というのはちょっと違うかもしれませんね。同じようなことなのですが、「分からなくてもいい、認めて欲しい」という方が正確ですね。不登校や家庭内暴力、あるいは引きこもりになって、もう皆さんとの間に心の通うような会話もなくなっているような場合には、分かってもらうようなことはもうあきらめているかもしれないからです。
でも、認めてもらいたい、ということは、いつまでたっても消えません。なぜならいずれ書きますが、彼らが一人の人間として自立していくためには、どうしても、彼らが信頼できる大人の誰かに認めてもらわなければならないからです。
だから彼らは、皆さんに
「何でもいい、自分がダメなことは分かっている。だけど、そのままの自分を認めて欲しい、受け入れて欲しい」と願うのです。彼らの存在そのものがかかっているからなのです。決して大げさな話ではありません。
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